資産価値評価の方法のひとつである配当割引モデルとその周辺について整理してみます。問題が解ける程度に理解することが目標です。CAPMの知識も利用します。
1 考え方のスタート
まず、配当割引モデルに限らず、資産価値評価のスタートは、「将来キャッシュフローの現在価値の合計」がいくらか?ということです。
そして、現在価値を算出する際には、将来キャッシュフローを『資産の保有者が要求する収益率(割引率)』で割り引きます。
例えば、利息金利が年率10%の1年物定期預金の預金者は、「現在の100万円」と将来キャッシュフローである「1年後の110万円」を同じ価値と考えるわけです。
この場合の計算に使われる『割引率』は、10%です。
以下のようなイメージです。
現在の100万円=(1年後払い戻される100万円+1年後の利息10万円)÷(1+10%)
ただし、預金者と異なり、株式の場合の株主のようなリスクのある資産の保有者はリスクに見合う上乗せした収益率を期待するため『割引率』は状況によって変わります。割り算なので、期待される収益率が小さいほど現在の価格は高く計算されるイメージです。
2 配当割引モデルの基本型
以上を一般化すると次のようになります。
将来キャッシュフローである「何円の配当を何年目(例えば4年目)まで出す」がということが予想できていれば、このモデルに従って4年目までひとつずつ計算して合計すればOKです。
現株式の現在価値
=各期の配当の現在価値の合計
=1年目の予想配当÷(1+割引率)
+2年目の予想配当÷(1+割引率)^2 ←2年分割り引いています
+3年目の予想配当÷(1+割引率)^3 ←3年分割り引いています
+4年目の予想配当÷(1+割引率)^4 ←4年分割り引いています
3 定率成長モデル
しかし、企業は継続し続けることが前提となっていますし、将来配当が増えるかもしれません。そこで、企業が無限に継続し、配当が将来永遠に一定率増え続けるという仮定の下でのモデルを考えます。配当成長率という考え方を導入します。
永遠ということは無限のため、ひとつずつの計算はできません。
株式の現在価値
=各期の配当の現在価値の合計
=「1年目の予想配当」÷(1+割引率)
+「1年目の予想配当×(1+配当成長率)」÷(1+割引率)^2
+「1年目の予想配当×(1+配当成長率)^2」÷1+割引率)^3
+「1年目の予想配当×(1+配当成長率)^3」÷(1+割引率)^4
+…
この式は、数列の和として表せます。
つまり、【初項:1年目の予想配当÷(1+割引率)】【公比:(1+配当成長率)/(1+割引率)】の無限等比級数の和です。
そこで、無限等比級数の和の公式(省略)に当てはめると、
現在の株式の価値
=1年目の予想配当/(割引率-配当成長率)
となります。これが定率成長モデルの公式です。
そして、問題を解くための知識が以下です。
1年目の予想配当=1株当たり自己資本✕ROE✕配当性向 ←これは覚えなくも大丈夫でしょうか。1株当たり自己資本はBPS(1株当たり純資産)で代用することもあります
割引率=リスクフリーレート+ベータ✕(市場期待リターン-リスクフリーレート) ←(均衡)期待収益率・要求収益率と同じ。配当込みの株式の期待収益率が割引率になっているということです。『市場期待リターン-リスクフリーレート』は『市場プレミアム』のこと。これはCAPMで導かれる式です。この式からベータが高ければ割引率も高くなることがわかります
配当成長率=ROE✕(1-配当性向) ←サステイナブル成長率と同じ。また、このモデルでは株価上昇率の期待値とも同じ。したがって『割引率=期待収益率=キャピタルゲイン+インカム=株価上昇率の期待値(配当成長率・サステイナブル成長率)+配当利回り』と表せます。この式から配当利回りを求めることができます
【補足1】ベータ(β)
問題文に書かれていなければ求めます
ベータ
=個別株式のリターンと市場リターンの共分散/市場リターンの分散
=両者の相関係数✕(個別株式のリターンの標準偏差/市場リターンの標準偏差)
【補足2】公式の時価総額・配当総額版(1株当たりのデータがない場合に使う)
定率成長モデルの公式の両辺に株式数をかけると
現在の理論上の時価総額
=1年目の予想配当総額/(割引率-配当成長率)
【補足3】公式のPER版(PERとの関係が問われることがある)
定率成長モデルの公式の両辺を当期純利益で割ると
理論上のPER
=配当性向/(割引率-配当成長率)
4 定率成長モデルの注意事項
(1)公式の覚え方
公式の分母(割引率-配当成長率)が小さくなれば、株式の現在価値は大きくなります。
分母の配当成長率にマイナスが付いていることに着目し、
配当成長率が大きい→分母が小さくなる→株式の現在価値が大きくなる
というイメージで記憶すればよいのではないでしょうか。
(2)ゼロ成長モデル
毎年の配当金額が一定額のまま永遠に増えないパターン(いわゆる『ゼロ成長モデル』)もあります。
しかし、その場合は配当成長率を0%にすればよいので、定率成長モデルだけを記憶しておけば対応できます。
配当性向100%の場合が想定されていると言えます。利益をすべて配当するので成長しないわけです。
なお、配当性向が100%未満で永遠に一定の場合は『ゼロ成長モデル』ではないので注意を要します。
(3)多段階成長モデル
なにやら大げさですが、例えば「①当初の数年は配当が一定額だが、②一定期間経過後配当が成長しだす」というパターンです。
「①当初の数年と②一定期間経過後とで配当の成長率が違う」というパターンもあります。
①当初の数年の分の配当については、将来キャッシュフローである毎年の配当を一年分ずつ現在価値に割り引く計算をコツコツやって合計すればOKです。
②一定期間経過後については、定率成長モデルで計算して割引計算するのですが、この場合の公式の当てはめ方と割引の年数には注意を要すると思われます。
定率成長モデルの公式の分子は「1年目の予想配当」であり「×(1+配当成長率)」が付いていません。つまり、公式における「1年目の予想配当」は、成長率とは関係のない特定の金額が想定されていると言えます。
しかし、多段階成長モデルは、例えば「3年目までは配当が4%ずつ増加し、4年目からは配当が2%ずつ増加する」というケースですので、3年目の予想配当に(1+配当成長率である2%)を乗じた数字が「4年目の予想配当」になります。
ということで、株式の現在価値の3年目以降の配当の分に定率成長モデルの公式を当てはめると次のような形になります。『』の部分です。
株式の現在価値の4年目以降の配当の分
=『「4年目の予想配当」/(割引率-2%)』÷(1+割引率)^3
=『「3年目の予想配当×(1+2%)」/(割引率-2%)』÷(1+割引率)^3
別のパターンとしては、「3年目は無配とする。3年目の利益は全額内部留保した後、4年目以降配当性向〇〇%とする」のような形で「4年目の予想配当」を泥臭く計算させる出題もあります。
さらに、ここでもうひとつ注意すべきなのは、定率成長モデルの公式を当てはめた後に3年分の現在価値への割引を行うことです。
4年分ではないです。
これは4年目開始時点からみて4年目以降の配当の価値を計算しているものだからです。現在の時点(1年目開始時点)から1年目以降の配当について定率成長モデルを使うときに1年分の割引を行わないことから理解できると思います。
【補足3】配当性向と株式の現在価値(理論株価・理論PER・理論PBR)との関係
ROEと株式の期待収益率(割引率)との大小関係によります
株式の現在価値は理論上の「株価」とか「PER」と言葉を置き換えて出題されることもあります
①ROE>株式の期待収益率(割引率)のとき
配当性向を上げる→株式の現在価値は下がる方向
ROEが高い企業は配当性向を上げる必要がないという話につながります
②ROE<株式の期待収益率(割引率)のとき
配当性向を上げる→株式の現在価値は上がる方向
ROEが低い企業は積極的に株主還元せよという話につながります
なお、このときNPV(新規投資の正味現在価値)やPVGO(成長機会の現在価値)はマイナスです
・NPV=投資額の現在価値合計-投資額の現在価値
・PVGO=NPV÷(割引率-サステイナブル成長率)
③ROE=株式の期待収益率(割引率)のとき
このときは公式から配当性向の値が消えてしまいます
配当性向を変化させても理論株価やPERに影響しません
なお、このとき
株式の現在価値(理論株価)=1株当たり自己資本になり、
PBR=1です
他方、①のときはPBR>1で、②のときはPBR<1です
したがって、①のときの現在価値(理論株価)は1株当たり自己資本を超えます
さらに、このときPVGOはゼロです
ちなみに、PVGOは配当性向が100%のときもゼロです